第1170回 PCR検査の「金字塔」論文に多くの欠陥
遺伝学者ら22氏が撤回を要求
現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の診断において世界中で使用されているポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の遺伝子の有無を検出する方法だが、SARS-CoV-2の遺伝子配列を初めて報告した論文(Euro Surveill 2020; 25: 2000045)が判定基準、いわば「金字塔」とされている。しかし、その論文自体に多くの科学的欠陥があるとして、ドイツの遺伝学者Pieter Borger氏ら22氏の科学者で構成するInternational Consortium of Scientists in Life Sciences(ICSLS)が掲載誌からの論文撤回を求めている。
Ct値の記載なし、24時間で査読? 深刻な利益相反など
現在のPCR検査の金字塔となっている論文は、欧州疾病対策センター(ECDC)が欧州連合諸国での感染症調査データなどを報告するEurosurveillanceに、今年(2020年)1月23日に掲載された。Borger氏らは同論文について、筆頭著者のVictor M. Corman氏および主導研究者として世界的に知られるChristian Drosten氏の名前を取ってCorman-Drosten論文と記している。
Borger氏らは、Corman-Drosten論文について外部組織として査読を行った結果、10項目の科学的欠陥が判明したとして、PCR検査における偽陽性を数多く生み出す懸念があるとの見解をまとめ、11月27日に報告した。翌28日付で同論文の撤回を求める公開書簡をECDCに提出した。
Borger氏らが指摘するCorman-Drosten論文10の欠陥(概略)
① 信頼性と正確性が担保されたPCR検査は通常、プライマー濃度を100〜200nMの範囲内に設計するが、Corman-Drosten論文では高濃度かつばらつき(600nM、800nMなど)が認められる。そのため非特異的な増幅を誘導し、PCR検査の結果はSARS-CoV-2の確定診断には不適切である。
② 6つの非特異的な"ゆらぎ塩基"が認められるため、実際の検査機関でのPCR検査結果には膨大なばらつきが生じる可能性がある。すなわち、これによりSARS-CoV-2とは関連しない異なるプライマー塩基配列の検出を容易に生じさせる懸念がある。
③ PCR検査にかけたウイルスの遺伝子が、ウイルス全体であるか断片のみであるかが判別できない。そのため、PCR検査結果をもって感染性ありと診断することは不可能である。つまり、PCR検査はSARS-CoV-2を正確に判定するのに適した検査法とはいえず、感染を「推定」させてしまう。
④ Corman-Drosten論文ではプライマーおよびプローブに関する表中にアニーリング温度(Tm)の記載がない。われわれが専用ソフトウエアを用いて検討したところ、同論文のプライマーペアのTm値に対するアニーリング温度の差は最大2℃が許容範囲であったが、実際には10℃と判明した。アニーリング温度が10℃違うと、SARS-CoV-2を適切に検出し、適性診断を行うことはできない。
⑤ Corman-Drosten論文における重大な欠陥は、PCR検査により陽性か陰性かを判定するためのCt値(Threshold cycle)が記載されていない点だ。しかしながら、同論文を基にした世界保健機関(WHO)のプロトコルにおけるCt値は45サイクルが推奨されている。PCR検査において合理的かつ信頼性の高いCt値は最大30サイクルであり、35サイクル以上では偽陽性が急増する。30〜35サイクルはグレーゾーンであり、除外すべきである。
⑥ PCR検査で増幅させた遺伝子が確実にSARS-CoV-2であると判定するには、生体分子レベルでの検証が不可欠である。言い換えれば、診断ツールとして用いる上で、この検証は必要不可欠だ。しかし、Corman-Drosten論文においては検証が行われていないという事実が判明し、同論文に基づくプロトコルによる全ての検査は、SARS-CoV-2を正確に検出する適正診断ツールとしては意味をなさない。
⑦ Corman-Drosten論文における未確認の仮説では、SARS-CoV-2は現在ヒトへの感染を引き起こしているSARS様ベータコロナウイルス属から検出した唯一のウイルスとされている。しかし、同論文の執筆時点では生存するウイルスも不活化したウイルスも入手することができなかったため、Corman-Drosten論文では既知のSARS-CoV-1の遺伝子配列を基にコンピュータを用いてSARS-CoV-2を作製し、PCR検査の判定基準とした。同論文におけるPCR検査は、ウイルスの全長を検出するための設計は示しておらず、ウイルスの断片のみを提示しているにすぎない。したがって、われわれはSARS様コロナウイルス感染症の診断法としては不適切と判断する。
⑧ Corman-Drosten論文に掲載されたPCR検査の説明は極めて不明瞭で欠陥が多く、検査を行う人により異なる結果を導き出す危険がある。すなわち、PCR検査を行う全ての研究所が同一の手順で操作を行うための標準操作手順(SOP)が記載されていない。全てのプライマー配列が明確に記載されていることは非常に重要であるが、Corman-Drosten論文ではそうした記載がない。
⑨ 一般に学術誌に投稿される科学および医学論文は専門家らによる査読(peer review)を通して欠点(仮定、方法、結論など)が指摘され、それらがクリアされた場合に掲載されるが、Corman-Drosten論文は2020年1月21日に学術誌Eurosurveillanceに投稿され、翌22日に受理され、23日にはオンライン版が公開された。一方、今年1月13日時点でPCR検査プロトコルの第1版がWHOの公式サイトで公開され、同月17日に第2版にアップデートされている。すなわち、Corman-Drosten論文のオンライン版が公開される前に、WHOはPCR検査プロトコルを公開していた。加えて、査読は投稿論文の専門領域における少なくとも2人の専門家が批評を行い、問題点を指摘する。査読が完了するのに投稿から24時間は常識的に足りない。われわれは今年10月26日付で査読報告書のコピーを開示するようEurosurveillanceに求めたが、現時点(今年11月18日)で査読報告書は入手できておらず、ECDCからは、十分な科学的根拠がなければ査読報告書へのアクセスは拒否するという趣旨の回答が届いた。
⑩ 著者のうち2氏(Chrstian Drosten氏およびCahntal Reusken氏)はEurosurveillanceの編集委員に名を連ねており、Corman-Drosten論文の査読が行われていないという疑惑を裏付ける深刻な利益相反を意味する。別の著者Olfert Landt氏はTIB-Molbil社の最高経営責任者であり、もう1人Marco Kaiser氏は同社の科学顧問を務めていることが2020年7月29日付で利益相反に追記されたが、同社はCorman-Drosten論文を基にPCR検査キットを製造した最初の会社とされるものの、同論文が投稿される以前に既に同キットの製造と販売を行っていた。
(Corman-Drosten Review Reportを基に編集部作成)
最後にBorger氏らは「今回、われわれが行ったCorman-Drosten論文におけるPCR検査プロトコルの再検討の結果、SARS-CoV-2検査が無益であることを示す数々の欠陥や誤謬が内在していることが確認された」と結論。「われわれの結論は明確だ。科学的な公正性および責務において残された選択肢はそう多くはないだろう」と締めくくっている。
なお、Corman-Drosten論文の撤回を求める公開書簡に対して、"提示された事実の数々にショックを受けた。Corman-Drosten論文は即時撤回されるべき" "既にわれわれはPCR検査をめぐる不正(fraud)を疑ってきた。公開書簡が示す通り、PCR検査はすぐに中止すべきである" "私もこうした非常識な論文に対し反証論文を執筆中であり、著者らが指摘する10項目についても同意する"など、Borger氏に賛同する好意的な意見が多く寄せられている。
引用先:Medical Tribune
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